選挙があって、言いたいことが言えて、 ニュースを自由に読めて、SNSで自分の考えをつぶやける。
そんな日常を、私たちは“当たり前”だと思っている。
朝起きて、空気を吸うように、自然に。
そこに特別な意味を感じることはほとんどない。
けれど世界を見渡すと、この“当たり前”は実はとても特別なことだとわかる。
「自由に意見を言えること」
「違う考えの人と共に生きられること」
「自分の声を持てること」
これらは、日本が“民主主義国家”だからできることです。
世界には、私たちが想像する以上に、民主主義ではない国がたくさんあります。
また民主主義の国であっても、その制度が不安定だったり、揺らいでいたりする国も少なくありません。
民主主義は確立された制度ではなく、まだまだ発展途上の制度なのです。
そこで今回は、「日本の民主主義は、今どこに立っているのか」というテーマで、“日本と世界の民主主義”について、静かに考えてみたいと思います。
1.世界の民主主義の“現在地”を数字で見る
まずは、世界の“現在地”を数字で見つめてみたいと思います。
2024年版 Democracy Index によると、指数の対象となっている国は 167か国 。
そのうち、「完全な民主主義」と呼ばれる国は 25か国が該当し、割合にすると 全体の約15%にすぎません。
そしてここに日本は含まれています。
その次に、制度はある程度整っているものの、政治文化や政府の機能に課題を抱える「欠陥のある民主主義」と呼ばれる国があります。
ここにはアメリカ、フランス、韓国などが含まれ、46か国(全体の約27%) が該当します。
このことから、世界の民主主義国の多くは“完全”ではなく、どこかに問題を抱えていることがわかります。
さらに、民主主義と権威主義が混ざった 「混合政治体制」 に分類される国は 36か国(約22%)。
自由が大きく制限される 「権威主義体制」 に分類される国は 60か国(約36%) となっています。
「自由に意見を言えない社会」「選挙が形だけの社会」「政府を批判することが危険な社会」
そうした体制の国が世界の半数以上を占めているという現状が数字を見るとわかります。
そしてこれは、私たちがいる日本が、世界の中でもたった15%の“特別な国”なのだと気づかせてくれます。
2.日本の民主主義はどこが強く、どこが弱いのか
日本は2024年版の民主主義指数で「完全な民主主義」に分類されています。
しかし、その位置づけは決して揺るぎないものではありません。
日本のスコアの推移を見ていくと、2006年の指数開始以来、 日本はずっと「完全な民主主義」と「欠陥のある民主主義」の境界線を歩き続けてきました。
戦後、日本は新しい憲法の制定とともに、言論の自由や選挙制度など、民主主義の制度を短期間で整えましたが、政治がすぐに健全になったわけではありませんでした。
戦後の政治は、派閥争いや金権政治、汚職事件が繰り返され、政治への信頼は揺れやすい状態が続きます。
高度経済成長期には社会全体が豊かになり、政治は表面的には安定していたものの、政治の裏側では派閥と資金が大きな力を持ち、透明性は高くなかった。
こうした状況の中で、政治への心理的距離は広がり、投票率は徐々に下がり、政治不信も深まっていきました。
戦後の日本の民主主義は、制度は整っていたものの、民主主義を支える“空気”が成熟していなかったのです。
日本の強みは、選挙制度の安定、市民的自由の高さ、政府機能の安定性にあります。
しかし、“国民の政治参加の低さ”、“政治文化の硬さ”、“政治への心理的距離”といった弱みは、現在も依然として残っています。
“制度は強いのに、空気が硬い”
これが日本の民主主義の現在地です。
3.北欧と日本の違い
北欧諸国は、この民主主義指標で軒並み「完全な民主主義」の最上位に並んでいます。
ノルウェー、アイスランド、スウェーデン、フィンランド、デンマーク。
どの国もスコアは9点台に達し、世界の中でも突出した成熟度を示しています。
では、北欧の民主主義は何が違うのでしょう。
制度そのものは、日本と大きく変わりません。
選挙があり、議会があり、政党があり、言論の自由がある。
しかし、民主主義の成熟度には大きな差が生まれています。
一体その差は何なのでしょうか。
その違いは、やはり “空気” にあります。
北欧では、政治参加が特別な行為ではなく、日常の延長にあります。
政治は「遠いもの」ではなく、「自分たちの暮らしを整える共同作業」として受け止められている。
政治家と市民の距離は近く、対話の文化が根付いている。
異なる意見がぶつかっても、すぐに対立にはならず、 「どうすれば一緒に前へ進めるか」を探る姿勢がある。
この「合意形成の文化」が、北欧の民主主義を支えているのです。
一方、日本はどうでしょうか。
政治は「専門家がやるもの」「自分とは関係のないもの」という空気がある。
対話よりも“正解探し”が優先され、異なる意見が並ぶことに慣れていない。
このように北欧諸国と日本の差は、制度の差ではなく、 「政治に向き合うときの空気」 の差なのです。
4.G7の民主主義は揺れている
G7の国は、世界の中でも民主主義の“中心”と見なされることが多いかもしれません。
しかし、民主主義指標を見ると、実はそうではないことがわかります。
まず、「アメリカ」。
選挙制度や自由のスコアは高いものの、 政治文化と政府機能の評価が大きく下がり、「欠陥のある民主主義」に分類されています。
社会の分断、党派対立、陰謀論の拡散、SNSによる極端な言説の増幅で政治への信頼が揺らいでいる、といったことなどが評価を下げています。
そして「フランス」もまた、抗議と不信の連鎖が続いていいます。
大規模デモが頻発し、政府と市民の距離が縮まらない。
自由への意識が強いからこそ、 政治への不満も強く表れる。
その揺れが、民主主義の成熟度を押し下げる結果となり「欠陥のある民主主義」に分類されています。
「イタリア」は、政治の不安定さが長年の課題です。
政権交代の頻発、政党の分裂、汚職問題。
市民的自由は高いが、政治の土台が揺れやすい。
その不安定さが、民主主義の評価に影響し、「欠陥のある民主主義」に分類されています。
このようにG7の国であっても、 民主主義の空気は揺れやすく、壊れやすいのです。
5.台湾という“アジアの例外”
台湾は2024年版の民主主義指数で、アジアで最も高い評価を受けています。
スコアは8点台後半に達し、「完全な民主主義」に分類されています。
アジアの多くの国が権威主義体制や混合政体に分類される中で、台湾は明確に異なる位置に立っている。
その背景には、台湾社会に根付いた“市民の力”があります。
台湾は、選挙の投票率が約70%と高く、若い世代も積極的に政治に関わっている。
SNSや市民団体を通じて意見を表明し、政策に対して声を上げる文化が育っている。
政府もまた、市民の声を無視しません。
政策形成の過程で市民の意見を取り入れたり、透明性を高めたりする取り組みが進んでいます。
台湾は、市民社会の強さと政府の応答性が、台湾の民主主義を支えているのです。
そして、台湾の民主主義は、単に制度が整っているだけではありません。
そこには「自分たちの社会を自分たちで守る」という意識があります。
台湾は、歴史的な背景や国際的な緊張の中で、民主主義が“選択された価値”として大切にされてきました。
だからこそ、台湾の人々は政治に対して主体的で、対話や参加を恐れない。
民主主義が“空気”として社会に浸透しているのです。
一方、日本では、長い歴史の中で、政治も制度も上から与えられる形が続き、権利を「自分たちで勝ち取る」という感覚が育ちにくかった。
日本は、政治参加は特別な行為になりがちで、対話の文化もまだまだ十分に育っていません。
台湾では、市民が政治を“自分ごと”として扱い、声を上げることが当たり前になっている。
アジアの中で台湾が“例外”と呼ばれるのは、台湾の民主主義が、市民の主体性と対話の文化によって支えられているからなのです。
6.これから日本が目指す民主主義とは
これから日本に必要なのは、社会の空気を柔らかくしていくことだと思います。
政治について語ることが特別な行為ではなく、日常の延長として自然に行われる空気。
異なる意見が並んでも、すぐに対立や正解探しに向かわず、「どうすれば一緒に前へ進めるか」を探る姿勢。
弱さや迷いを出してもいい、安心できる対話の文化。
こうした空気が育っていくことで、民主主義は制度から文化へと深まっていきます。
対立を煽るのではなく、丁寧に合意をつくっていく力。
声の大きさではなく、誠実さを大切にする姿勢。
日本の民主主義は、そうした“静かな強さ”を育てていくことで、より成熟した形へと進んでいけるはずです。
選挙に行くことだけが参加ではありません。
身近な問題について話すこと、地域の活動に関わること、SNSで意見を共有すること。
小さな行動の積み重ねが、社会の空気を変えていきます。
民主主義は制度ではなく、ふるまいであり、文化であり、空気です。
日本がこれから目指す民主主義は、対話の柔らかさや、参加のしやすさ、誠実さを大切にする“静かな民主主義”なのだと思います。
おわりに
民主主義は、誰かがつくってくれるものではありません。
制度が整っていても、そこに息を吹き込み、育てていくのは、私たち一人ひとりのふるまいです。
日々の会話の中で、少しだけ立ち止まってみること。
身近な問題について、そっと言葉を交わしてみること。
自分とは違う意見に出会ったとき、すぐに否定せず、いったん受け止めてみること。
そうした小さなふるまいが、社会の空気を少しずつ変えていきます。
民主主義は、声の大きさを競う場所ではなく、 互いの誠実さを信じ、重ねていく場所なのだと思います。
私たちが日常の中で育てていく“静かな民主主義”。
その積み重ねが、これからの日本の未来を、ゆっくりと、確かに形づくっていくはずです。
