なぜ答えのないことに向き合うのか

こんにちは、まなびや たぬき堂のたぬきです。

2026年のはじまりに、あらためて「たぬき堂」の根っこを見つめ直したいと思います。

それは、私たちが日々向き合っている“社会の空気”が、年々せわしなく、そして浅くなっているように感じるからです。

今の社会は、あらゆる場面で「早く答えを」と私たちを急かしてくる。

ニュースは結論を求め、SNSでは短い言い切りが注目を集め、仕事ではスピードと効率が最優先される。

「結局どうなの?」「で、正解は?」 そんな言葉が、日常のあちこちに溢れている。

その一方で、丁寧さや誠実さは“非効率”として軽視されがちです。

時間をかけて考えること、迷うこと、揺れることは、弱さのように扱われる。

コスパとタイパが正義になり、寄り道や試行錯誤はムダとされる。

けれど、人生の大事なことは、そもそも“答えがない”のです。

“人間関係”、“幸福”、“働き方”、“生き方”。

どれも「これが正解」と言い切れるものではありません。

だからこそ、2026年のはじめに、「なぜ答えのないことに向き合うのか」という問いを掲げたいと思います。

正解よりも“納得”が大事

社会はいつも私たちに「正解」を求めています。

だから、正解を選べば、失敗は避けることができる。

正解を選べば、誰にも責められず、波風も立たず、無難に生きることができる。

けれど、正解をた辿るだけでは、幸福につながりません。

むしろ、その反対。

外側の基準に合わせて生きているだけでは、自分の人生に意味を感じられなくなります。

「間違ってはいないけれど、心が動かない」という感覚が積み重なり、 いつの間にか、自分が何を大切にしたいのかが見えなくなっていきます。

社会の基準、他人の期待、一般論。

そこに従えば確かに安全だけど、安全と幸福は同じではありません。

一方で、納得は内側にあります。

自分の価値観や経験、感情から生まれる「これでいい」という感覚。

それは誰かに説明する必要も、証明する必要もなく、ただ自分の中に静かに灯るものです。

たとえ遠回りに見えても、たとえ効率が悪くても、 自分が心から納得できる選択をしたとき、人は初めて「自分の人生を生きている」と感じることができ、それが生きる意味や幸福感につながっていくのです。

だからこそ、正解よりも納得が大事

たぬき堂は、その「納得」を育てる場所でありたいと思っています。

時間をかけることの意味

答えのないことに向き合うには、時間が必要です。

時間をかけると、見える景色が変わり、他者の痛みがわかるからです。

今の社会は「速さ」を求めます。

でも、人間には「深さ」が必要なのです。

速さを求める社会では、深さが削られていく。

深さが削られると、感情も、関係性も、思考も、すべてが薄くなる。

現代社会は、速さを優先し過ぎた結果、「自分が何を大切にしたいのか」がわからなっています。

だからこそ、時間をかけることには意味がある。

時間をかけることで、深さを取り戻し、人間らしさを取り戻すことにつながります。

たぬき堂は、速さではなく深さを大切にする場所。

時間をかけることを恥じず、むしろ誇りにできる場所として存在したいと思います。

答えのないことは“人間らしさ”そのもの

AIは正解を出すのが得意です。

膨大なデータを処理し、最適解を提示する。

効率や正確さでは、人間はAIに勝てません。

でも、人生の大事なことはすべて“答えのない領域”にあります

「感情」「人間関係」「生き方」「価値観」「幸せ」

これらは計算では決まりません。

論理だけでも導けません。

だからこそ、「答えのないことに向き合う力が人間の本質」になります。

迷うこと、失敗すること、悩むこと。

それらは弱さではなく、人間らしさそのものなのです。

AIが正解を出す時代だからこそ、たぬき堂は、この「答えのない問い」に向き合う場所でありたいと思っています。

どうしたら生き生きとした人生をおくれるか

私たちは正解を探し続けて疲れています。

そして、自分の感情や価値観が置き去りになっています。

「間違えたくない」「損したくない」という思いが強くなり、気づけば、誰かが決めた“正しさ”の中で生きるようになってしまっています。

だから、私たちは「正解探しを手放す」必要があります。

外側の基準ではなく、自分の内側の納得で動くこと。

それが、“生き生きとした人生”につながっていきます。

ただし私は、正解探しをやめるには前提があると思っています。

ひとつは「心理的安全性 」です。

ー自分の意見を言ってもいい。
ー迷ってもいい。
ー揺れてもいい。
ー失敗しても責められない。

そんな空気があって、初めて人は「正解を手放しても大丈夫だ」と思うことができます。

心理的安全性がない場所では、人は正解にしがみつき、自分を守ろうとしてしまう。

だから、正解探しをやめるには、まず「安心して迷える環境」が必要なのです。

そしてもうひとつ大事なのは、スピードやパフォーマンスよりも、「誠実さや丁寧さが評価される」こと。

今の社会は、速さや効率が重視され過ぎています。

でも、人間の深さや関係性は、速さからは生まれません。

誠実さが評価される場所では、効率性よりも精神性が大事にされます。

丁寧さが尊重される場所では、スピードよりも中身が大事にされます。

安心できる環境と、時間の余裕が、人を生き生きとさせる原点だと私は思います。

正解を急がず、内側の納得を大切にし、誠実に丁寧に考えることを尊重する。

その姿勢が、社会のどこかで誰かの安心につながるかもしれない。

「急がなくていいんだ」「迷ってもいいんだ」と思える人が増えれば、正解探しに疲れた心は、少しずつ回復していきます。

安心して迷える場所があり、誠実さが評価され、自分の内側の声を聞けるとき、人は自然と生き生きし始める。

たぬき堂は、その土台をつくるための一助になりたいと思っています。

おわりに ― 答えのない問いに誠実でありたい

2026年、たぬき堂はあらためて宣言したいと思います。

  • たぬき堂は、正解よりも納得を大事にする。
  • たぬき堂は、時間をかけることの価値を守る。
  • たぬき堂は、安心して迷える場所にする。
  • たぬき堂は、誠実さや丁寧さを大切にする。

答えのない問いに向き合うことは、遠回りに見えるかもしれません。

でも、その遠回りの中にこそ、人生の深さがあり、豊かさがあり、自由があります。

たぬき堂は「答えのない問いに誠実に向き合う人たち」を応援していきます。

そして、ひとりでも多くの人が“生き生きとした人生”をおくるために小さな灯りになりたいと思っています。

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